Omer Simeon

基本情報
生年月日
1902/07/21(New Orleans, Louisiana)
命日
1959/09/17(New York, New York)
使用楽器
経歴

Omer Victor Simeonと言えば、1920年代にJelly Roll MortonやKing Oliverといった超一流の音楽家と録音を残した、ニューオリンズ出身のクラリネット奏者である。Omer Simeonがいつからクラリネットを吹いていたのかは明らかではないが、幼い頃からLorenzo Tio Jr.のもとでクラリネットを学んでいたとされる。もっともLorenzo Tio Jr.と言えば、当時のニューオリンズで最も人気のあった音楽教師であったから、初期のニューオリンズ出身のクラリネット奏者の多くは最低でも一回は彼の教えを受けていたはずである。1914年に家族とともにシカゴに移住するまで、レッスンは続いたのだろう。

Omer Simeonのプロとしてのデビューは、ヴァイオリン奏者をしていた兄のAl Simeonのバンド(Al Simeon’s Hot Six)で演奏した1920年のことと言われる。ニューオリンズ時代には、おそらく演奏の機会には恵まれなかったはずだ。その後、Omer Simeonは1923年から1927年までCherlie Elgar’s Creole Bandに参加している。

Jelly Roll Mortonとは、1926年から1928年にかけて録音を残した。いくつかの曲ではOmer Simeonのクラリネットがフィーチャーされており、「Black Bottom Stomp」や「Doctor Jazz」、「The Chant」など多くの名演を残した。バス・クラリネットを吹いている「Someday Sweetheart」も面白い。

King Oliverの録音に参加したのが、1927年のこと。その後、1928年にはニューヨークのLuis Russellの楽団に参加。シカゴに戻ってErskin Tateと1928年から1930年にかけて活動。1929年にはJabbo SmithIkey Robinsonのセッションに参加したほか、自身のリーダーセッションでの録音も残っており、充実した日々であった。1920年代のジャズ界でもっとも人気のあったクラリネット奏者の一人と言えそうだ。

1931年にEarl Hines’ Orchestraに参加すると、1941年までこのバンドで演奏した。ここではアルトサックスも吹いていた。1941年にはColeman Hawkinsのビックバンドに、1942年から1950年まではJimmie Lunceford’s Orchestraに参加する。

1951年から1959年にかけてのWilbur De Paris’ New New Orleans Bandでは、アフリカにまでツアーに行っている。

喉にできた腫瘍がもとで57歳で死んだが、その死の3週間前にジャズ愛好家のために吹きこみをしたのが最後の演奏だったとの事である。

サブコンテンツ

このページの先頭へ