最近、YouTube Musicというサービスの破壊力に驚いています。そもそも、この膨大な種類の音楽が月額980円で聴き放題となると、もはやレコードやCDを買う必要は無いのでは?という気分にもなろうというもの。学生時代から集めてきたコレクションの価値が否定されたかのようで、それはそれで悲しくもなるわけですが、一方で、プレミアが付いて入手困難となったアルバムを丸ごと聴くことができるのは貴重な体験ですね。

YouTube Music

YouTube Musicは、まるで、潤沢な資金にものを言わせて、この世のあらゆる音楽をコレクションに加えた資産家の如し。ジャンルを問わないというその特徴の故か、この資産家氏は、残念なことに、アーリージャズについては知識がありません。この無知なコレクター氏にDJの役割までお任せすると、初期のDuke Ellingtonの後に、1960年代の歌物が流れたりすることになるわけで、いや、僕は草創期のエリントンが聴きたいのだが!ジャズはジャズでも別物ではないか!と不満を感じる事になります。

そもそもの話。1920年代のDuke Ellingtonの後に流れる演目として許されるのは、McKinney’s Cotton PickersやFletcher Hendersonあたりではなかろうか?せめて、同じCotton Club繫がりでMissourians辺りを流してくれるなら我慢しようとも思うのですが。

という事で、より良きアーリージャズ体験の為に、ひと手間をかける事になり、気に入ったアルバムや楽曲を自分のプレイリストに登録していく事になるわけです。

改めて気が付いたのは、YouTube Musicにはライナーノーツが存在しない事。好みの音楽を聴きながら、参加ミュージシャンのリストや解説記事を眺めて想像に浸るという行為も、昨今は得難い体験になってしまったのかもしれません。

演奏内容にミュージシャンの個性が現れるというのは、無視できないジャズの特性です。これはジャズ草創期においても同様。この音楽を楽しむ上での大きな要素でしょう。だからこそ、楽曲そのものだけでなく、演者が誰であるかといった情報には意味があり、それが記載されたライナーノーツの存在意義は他ジャンルの音楽とは比にならないと思っていました。

まあ、これはYouTube Musicだけの話ではなく、Amazon MusicやSpotifyのようなサブスク型の聴き放題サービスは、現代の音楽事情に合わせたサービスなわけですから、誰がそのセッションに参加したかという資料的な情報には大して拘らないのでしょう。

この一点においては、サブスク化の流れに流される今の音楽事情は、ジャズ愛好家に優しくない状況かもしれません。ライナーノーツは、まさに死に瀕しているような気がします。

そこに寂しさを感じる一方で、YouTube Musicの膨大な楽曲の魅力には抗えず、自身の好みのプレイリストが作ってみたりしている私も、もしかすると、ライナーノーツの絶滅に加担しているのかもしれません。(ちなみに、プレイリストは外部公開も可能なようですから、初期のジャズの活動においても活用の余地がありそうですね)

ライナーノーツに替わる情報源としては、「初期のジャズ」の兄弟サイトである「Encyclopedia of Early Jazz」の方で整理していきたいとも思っていますので、皆様には是非ご期待頂ければと思います。(という我田引水的な結びにしようと当初から計算していたわけではないのですが、改めて、このディスコグラフィーを纏めるという活動の意義みたいなものが見えたのは、やる気になりますね)