ニューオリンズ出身のクラリネット奏者であり、ソプラノサックス奏者でもあるシドニー・ベシェ(Sideny Bechet)は、ヨーロッパと縁が深いミュージシャンで、晩年をパリで過ごしたことはよく知られています。

シドニー・ベシェ(Sideny Bechet)の初録音と言うと、1923年のクラレンス・ウィリアムズのブルー・ファイブ(Clarence Williams’ Blue Five)のレコードが有名ですが、その3年前にロンドンで録音していることはあまり知られていません。


1919年のこと、ウィル・マリオン・クック(Will Marion Cook)の楽団に籍をおいていたシドニー・ベシェ(Sidney Bechet)は、この楽団と共にイギリスに行くチャンスをつかみました。ウィル・マリオン・クック(Will Marion Cook)とその一行がロンドンに到着すると、既にジャズは大流行しており、当時の国王であるジョージ5世(George V)までもが楽団の演奏を聴きたいと望んでいたほどでした。

かくして、シドニー・ベシェ(Sideny Bechet)はバッキンガム宮殿で演奏することになり、ジョージ5世(George V)と対面する栄誉を得ました。ロンドンを気に入ったシドニー・ベシェ(Sideny Bechet)は、ウィル・マリオン・クック(Will Marion Cook)がツアーの為にロンドンを離れた後もここに留まり、ロンドンのダンスホールで専属で演奏していたベニー・ペイトン(Benny Peyton)の楽団に入ることになります。

ベニー・ペイトン楽団(Benny Peyton’s Jazz Kings)。1920年にロンドンで撮影。

1920年1月から2月にかけて、ベニー・ペイトン(Benny Peyton)のバンドは、イギリスのコロンビアレーベルの為に、”High Society”と”Tiger Rag”の2曲を録音しました。(残念ながら、このセッションは未発表です)

BENNY PEYTON’S JAZZ KINGS
Sidney Bechet (clt,ss), Fred Coxito (as), George Smith (vln), Pierre de Caillaux (pno), Henry Sapiro (bjo), Benny Peyton (dms, dir)

『Jazz and Ragtime Records 1897-1942』からの引用

参加したのは上記のメンバーだったようですが、シドニー・ベシェ(Sidney Bechet)の楽器が「クラリネットだけ」と記録している資料もあり、この時にソプラノサックスを演奏していたかどうかは定かではありません。1920年頃にはシドニー・ベシェ(Sidney Bechet)はソプラノサックスを吹き始めていたので、個人的には、この録音でもソプラノサックスを使った可能性は高いと思っています。


1923年。シドニー・ベシェ(Sidney Bechet)は、ロンドンから帰国し、ニューヨークで活動しており、クラレンス・ウィリアムズ(Clarence Williams)と共に録音の機会を探していました。

先ず、ニューヨークのダンサーが歌うデュエットの伴奏に、コルネットのジョニー・ダン(Johnny Dunn)、ピアノのクラレンス・ウィリアムズ(Clarence Williams)と共に参加し、Okehレーベルで吹き込みを行いましたが、これは未発表。

女性ブルース歌手のベッシー・スミス(Bessie Smith)のテスト録音に参加したのが、1923年1月とのことで、ババー・マイリー(Bubber Miley)がコルネット、チャーリー・アーヴィス(Charlie Irvis)がトロンボーン、バディ・クリスチャン(Buddy Christian)がバンジョー、クラレンス・ウィリアムズ(Clarence Williams)がピアノで、それにシドニー・ベシェ(Sidney Bechet)という編成だったようです。残念ながら、これも音源が失われています。


1923年6月30日にOkehレーベルで吹き込まれた”Wild Cat Blues”と”Kansas City Man Blues”の2曲が、現在でも聴くことのできるシドニー・ベシェ(Sidney Bechet)の最も古い録音ということになります。

クラレンス・ウィリアムズのブルー・ファイブ(Clarence Williams’ Blue Five)の名義で吹き込まれた1923年の一連の録音に参加したメンバーは、コルネットがトーマス・モリス(Thomas Morris)、トロンボーンがジョン・メイフィールド(John Mayfield)、ソプラノサックスとクラリネットがシドニー・ベシェ(Sidney Bechet)、バンジョーがバディ・クリスチャン(Buddy Christian)、ピアノがクラレンス・ウィリアムズ(Clarence Williams)の5名でした。

このメンバーは同年8月以降も女性歌手の伴奏などの吹き込みを続け、シドニー・ベシェ(Sidney Bechet)の迫力のある演奏を聴くことができます。


1924年。シドニー・ベシェ(Sidney Bechet)の演奏に圧倒されたトーマス・モリス(Thomas Morris)がバンドを去り、ここにルイ・アームストロング(Louis Armstrong)が加わったことで、更に熱いセッションが繰り広げられるのは、また別のお話ですね。